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2023/03/28 17:16



木曽町はよく「発酵のまち」と称される。中山道の要として、いにしえより多様な人・モノが行き交い、発展してきた。こと食に関しては、その山深い環境から、先人の知恵と工夫によって独自の食文化が形成されていった。海からも遠く塩が手に入りづらかったことから、塩を使わず乳酸菌発酵によって作られる漬物「すんき」が誕生したことは以前にも紹介したが、この「すんき」以外にも木曽には様々な発酵食品が存在する。

木曽町では3つの蔵が、いずれも江戸時代から明治時代にかけて誕生している。

中善酒造 慶応元年(1865年)創業
小池糀店 明治12年(1879年)創業
七笑酒造 明治25年(1892年)創業

今回はその中でも、糀・味噌づくりの老舗である小池糀店の蔵を取材。近年では非常に珍しくなった「味噌玉製法」でつくる味噌の魅力や、糀づくりにかける想いを伺った。


|糀づくりに欠かせない、木曽産のこだわりの木桶


取材日当日は工場長の唐沢裕之さんの案内で、糀・味噌づくりの工程や蔵の特徴を伺うことができた。


小池糀店 工場長の唐沢裕之さん

まず見せてもらったのが、糀を作るためのお米そして味噌作りのための大豆も蒸すという特大の木桶。1回で180kgのお米を蒸せるという大きさだ。ただし一気に蒸すとムラができてしまうため、少量ずつ蒸してゆき、蒸気が上がってきたらその上にお米を追加する「抜け掛け法」というやり方で、均等に丁寧に蒸していく。



現代では、温度や時間などをコントロールしやすい圧力釜で煮る作り手も多いというが、煮汁にうま味や香りが逃げてしまわないよう「蒸し」にこだわっている。またステンレス等の鍋では内部が結露してしまい、水分が多く糀づくりにはベトっとしすぎてしまうため、木桶が一番よいそうだ。

そしてこの小池糀店の木桶にはものすごい技術が隠されていた。それは木桶の側面をなす板の接合部分。通常、木桶の板同士は竹釘や糊で固定されるが、小池糀店の木桶は、板に溝を掘ってうまく継ぎ合わせて固定しているのだ。実際に断面をよく見ると、板同士が見事に噛み合い固定されている。これはかなり珍しい技術で、なんと天皇家にひのき風呂を献上したこともあるという、木曽の桶職人さんが製作したそうだ。今使っている木桶もすでに20年以上使い続けてられており、「今後壊れてもなんとか直して使い続けたい」と、その想いを語る。


写真中央あたりの板の継ぎ目部分に着目すると、凹凸型に切り込まれているのが確認できる


|何よりも優先される糀づくり。小池糀店がこだわる「強い糀」とは?


はじめに、糀はどのようなものなのか、みなさんご存知だろうか?
改めて、糀、そして糀から作られる味噌の種類について簡単にご紹介しよう。

- 発酵食品に欠かせない「麹」とは?
麹とは、蒸した米や麦、大豆などに麹菌を付着させ、繁殖させたもの。この代表的な3つの食材(培地)はそれぞれ、米麹、麦麹、豆麹となり、味噌や焼酎、日本酒などつくる発酵食品によって使い分けられる。味噌は3つの麹いずれからも作ることができ、「合わせ味噌」とはそれらの2種類以上を使って作られた味噌のことを指す。

- 「麹」と「糀」 2つの漢字は何が違う?
「こうじ」には「麹」と「糀」と2つの漢字表記が存在することに気がついただろうか。両者は何が違うのか?結論、漢字の成り立ちに違いがあるが意味は一緒で、どちらを使っても間違いではない。

麦が使われている「麹」は、中国から伝わった漢字であり、蒸した穀物を手でボール状に丸めてその表面にコウジカビが繁殖する様子を表したもの。一方、米が使われている「糀」は明治時代に日本で作られた国字で、米にコウジカビが繁殖する際、花が咲くように生える様子を表したもの。ただし一般的には「麹」と書くと麦・豆・米など穀物でつくられた“こうじ全般”のことを表し、「糀」と書くと‟米こうじ“のことを表していることが多いようだ。

糀については、その起源や日本における発展過程が、小池糀店のHPに詳しく紹介されている。かなり興味深い内容なので、詳しく知りたい方はぜひ読んでみてほしい。


さて、糀について理解したところで、小池糀店の糀づくりの特徴をみていこう。
この工程は動画にもなっているので合わせてみると分かりやすいだろう。


小池糀店では丸3日間かけて糀を仕込む。

◉1日目
1日目は前述の通り、まずはひたすらお米を蒸す。ムラができないよう少しずつお米を入れていき、ヘラでならしながら蒸し上げる。1時間ほどかけて蒸したお米は、糀室(こうじむろ)に運び、大きな台の上で平らに広げ、手やヘラでほぐしながら人肌(35℃ほど)の温度になるまで冷ます。

糀室とは糀を発酵させるための部屋だが、小池糀店の糀室のはじっこは、山の斜面に埋まっている。なんでもご先祖様が岩山を掘ってつくったようだ。 岩の中のため、湿っているし、暖かくて、温度も一定に保ちやすく、糀の発酵にぴったりな環境なのだ。 そして長い歳月をかけて、糀菌や乳酸菌が住みつき、糀の発酵に一役買っている。

適温まで下がったら、糀づくりで最も重要な作業「種付け」を行う。6人くらいで糀菌(種糀)をふりかけ、お米を手でかきまぜたり、転がしたり、揉んだりしながら、糀菌を一粒一粒にまんべんなく付けていく。「人の手って、どんな機械よりも複雑な動きをするんです。」と唐沢さんは語る。人の手が複雑にしなやかに動き種付けを行うことで、お米一粒一粒が確実に発酵して、力強い糀になるそうだ。また手を使うことで、まんべんなく混ざっていく感触や、その日の気温、お米の微妙な違いも感じとることができ、糀の仕上がりに差が出るという。

どうやら、小池糀店の「強い糀」の秘訣はここにありそうだ。機械では決して真似できない、人の手がなす技だろう。


種付けの様子(小池糀店提供)

まぶし終わったら、ギュッ、ギュッと固めながら山のように盛り上げて、布で包んで6時間ほど保温する。これにより種付けの際に温度が下がったお米は、発酵の熱で人肌くらいまで温度を上げる。糀菌が元気になるまでおいたら、ここで一度手を入れる。再度山をくずし、お米をほぐしながら30℃まで温度を下げることで、均等に糀菌の増殖を進め、空気に触れさせることで雑菌の繁殖を防ぐ。温度が下がると低温に弱い雑菌は生き残れず、充分に元気になっていた糀菌だけが生き残るそうだ。そうして再度お米の山を作り寝かせる。

◉2日目 〜 3日目
次の日、お米の山の温度は40℃ほどまで上がっている。熱に弱い雑菌はなくなる一方で、糀菌はまだまだ発酵を続ける。ここで2回目の手入れを行う。今回は下に送風装置がついている別の台に移し、風を送って、お米を冷ましながら、糀菌を”鍛える”。 糀にとって発酵しやすい温度を維持するのではなく、何度か温度を下げることで、鍛え、休ませ、ゆっくりした発酵を促し、強い糀が育つという。その日、その時の気温によっても、温度調節が必要で、あまりにも寒い日は、温度を下げ過ぎると、糀がヘタってしまうそう。特に明け方は冷え込むため、作り手たちも仕込みの3日間は気が抜けない。

これが”糀を甘やかさない”、小池糀店の「強い糀」の2つ目の秘訣のようだ。


送風装置付きの台。水分量は維持できるよう、送った風が再度ダクトから戻るようになっている。

また、手入れのタイミングは糀菌の発酵による温度の変化に細かく合わせるため、お昼時や夜中に実施しなければならないことも日常茶飯事だという。夜はもちろん眠いし大変な作業だが、仕込みの期間はとにかく「糀最優先」の生活だという。とはいえ、そんな話をする唐沢さんは常に楽しそうで、糀やお味噌への愛情と情熱を感じた。

酒蔵には「一麹、二酛、三造り(いちこうじ、にもと、さんつくり)」という言葉がある。「酒造りで一番大事なのは麹だ」という意味で、麹がよくなければ、おいしいお酒は造れない。味噌づくりも全く同様で、いい糀を作れなければその先何を作ってもうまくいかない。それほど糀づくりは重要で、作り手たちの命とも呼べるものだという。

そうやって手塩をかけて育てた糀は3日目にしてついに完成する。お米の一粒一粒の内側まで糀菌が入り込んだ、まさに「強い糀」であり、真っ白で輝いて見えるほどの美しさだ。


▲できあがった米糀


パッケージが格好いい。デザインは創業時からほとんど変わっていないそう。

KISO ORIGINALでは、こちらの糀を青唐辛子と醤油と砂糖で甘辛く煮詰めた万能たれ「ピリカラ糀」を販売している。白米にはもちろん、豆腐や野菜のかけだれ、ソテーしたお肉や炒めもののアクセントとしても相性抜群なので、こちらもぜひお試しいただきたい。


小池糀店の「ピリカラ糀」/ ¥470(税込)

|小池糀店の真骨頂。「味噌玉製法」でつくる味噌とは?


最後にこの「強い糀」を使って作られる、小池糀店のお味噌を紹介する。小池糀店では、現在の日本においてほぼ絶滅してしまった古来の製法で味噌をつくっている。これがとんでもなくすごいのだ。

一般的な味噌は、茹でた大豆を潰し糀と塩を混ぜて発酵させて作られるが、ここでは、蒸した大豆を円柱状に丸め固めて、そのまま塩も糀も入れずに室(ムロ)で2週間寝かせる。これが味噌玉だ。大豆のみで熟成させることでゆっくり発酵していくため、豆の風味が濃厚になり、アミノ酸などのうま味成分もじわじわと増えていくそうだ。2週間寝かせる中で、有用な微生物の作用で味噌玉の表面は白くてふわふわしたカビに覆われる。これらの過程によって小池糀店の味噌はチーズのような豊かな風味を獲得する。


発酵が進み、白いカビに覆われる味噌玉

2週間経つと味噌玉はカチカチに固まっているため、まずはその表面についたカビを丁寧に洗い落とした上で細断し、ここでやっと塩と糀を混ぜ合わせ、大きな桶に詰められていく。

仕込んでから迎える最初の夏には、一番暑い日を選んで、大きなシャベルで味噌をすくって別の桶に移し替える「天地返し」を行う。底の方まで満遍なく空気に触れることで、菌は元気になり、さかんに発酵する。こうして涼しい木曽駒高原でじっくり寝かせて完成するのだが、その期間、じつに2年!2年間という歳月をかけて、小池糀店の味噌は作られているのだ。高地の寒暖差によって、暑い時には糀菌を始めいろいろな菌が活発に働き、寒くなると眠りにつき、乳酸菌だけがうつらうつらと発酵を進める。 糀と同じように、暑さと寒さのくりかえしの中で味噌はゆっくりと熟成していくのだ。

かくして、小池糀店の味噌は作られる。一度食べてみるとわかるが、普通の味噌とはまるで味も風味も異なる。本当に奥深く風味豊かな味わいなのだ。この味を求めて、いまでは遠方からも注文が入る。木曽でも多くの飲食店で小池糀店の味噌が使われているが、東京のいくつかの飲食店で使われているようだ。

お話を伺っていて印象的だったのが、この実に珍しく手間も暇もかかる味噌玉製法について、「伝統を守り抜いてきた」というような感覚ではなく、「ただひたすら目の前の味噌や糀と向き合ってきた結果」だと言う点だ。新しい技術の導入を検討する時間も取れないほど味噌づくり、糀づくりと向き合い、結果として昔ながらの手法を続けてきた。だがそれが、近年では魅力的で価値のあるものとして見直されつつある。きっとこれからも、どんな状況においても小池糀店さんは真摯に実直に味噌や糀と向き合っていくのだろう。

ここまで読んでいただいた方は小池糀店の味噌が食べたくなったはず。残念ながらKISO ORIGINALでは現在お味噌の取り扱いはできていないが、小池糀店のオンラインショップでは購入できるので、ぜひ一度ご賞味いただきたい。



Shop Information

小池糀店

〒397-0001 長野県木曽郡木曽町福島5831  

TEL :0264-22-2409 

オンラインショップ :https://www.koji-miso.net/


Photo & Edit by KISO ORIGINAL
取材協力 & 一部写真提供 : 小池糀店



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